鷹羽鉱業のモデルは実在の三菱?端島の会社の現在は?【海に眠るダイヤモンド】

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主演の神木隆之介さんが2役を演じるTBS日曜劇場のドラマ「海に眠るダイヤモンド」に登場する1950年代の長崎県・端島の炭鉱業を取り仕切る「鷹羽鉱業」株式会社が話題ですがモデルはある?鷹羽鉱業のモデルは実在するのか?端島の会社とは実在の三菱だったのか?現在についてもご紹介します。

目次

鷹羽鉱業のモデルは実在の三菱?海に眠るダイヤモンドの舞台の端島の会社!

ドラマ「海に眠るダイヤモンド」の舞台・長崎県の端島とは?別名軍艦島!

長崎県の端島(はしま)は、長崎半島からおよそ4.5キロ離れた場所にあります。

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現在はこのように廃墟になっています。

昔はこんなにこんなにたくさんの人たちが暮らしていました。

端島は元々、南北約320メートル、東西約120メートルの小さな瀬でした。これはおよそ東京ドーム1.3個分とのこと。

定かではありませんが、1810年ころに石炭が発見されたそうです。

最初は漁師たちが細々と露出した炭を採炭していましたが、1869年に長崎の業者が本格的に着手。

ですが1年ほどで廃業となり、その後も3社ほど着手しましたが、台風の被害などでいずれも廃業に追い込まれました。

鷹羽鉱業のモデルは三菱鉱業(現三菱マテリアル)!

その後、端島炭鉱の所有者だった鍋島さんが、1890年に三菱社へ10万円(現在の価値で20億円)で譲渡します。

その後100年以上に渡り、三菱の私有地となっています。三菱は石炭の需要を見込み、長崎の外海側の島の権利を、次々と取得していきました。

端島は常に強い波風にさらされるので、護岸が整備されます。

高い護岸で囲まれ、煙突から煙を吐く外観から「軍艦島」と呼ばれるようになりました。

三菱社は炭鉱を拡大させ、1931年までに6回の埋め立て工事を行い、それまでの3倍もの面積に拡大。

南北に約480メートル、東西に約160メートル、周囲約1,200メートル、面積約65,000平方メートルの小さな島となりました。

長崎には三菱財閥が取り仕切る、大手資本が取り仕切るなかでは、日本最古となる高島炭鉱もあります。

端島炭鉱はその技術を引き継ぎ、近代炭坑として開発された海底炭鉱。

端島炭鉱の石炭は良質で、1897年には高島炭鉱を抜くほど。全国有数の炭鉱に成長しました。

炭鉱の開発が進むにつれ、増加していく従業員のため、住宅建設もさかんに行われるように。

日本初の鉄筋コンクリート造りの高層アパートも建設され、最盛期には小さな島に5000人が暮らしていたといいます。

当時の東京都区部の9倍もの人口密度で、島民はほぼすべてが炭鉱関係者。

島の半分が鉱場、残りが住宅や学校、病院などが建てられ、のちにお店や映画館、パチンコホールやスナックなどもでき、島内で生活できるようになりました。

高い護岸に守られているとはいえ、地盤が崩れたり護岸を超える潮がきたりと、被害もそれなりにあったそうです。

石炭から石油へとエネルギー革命の影響を受け、1974年に閉山。その年に無人島となりました。

島民たちはさまざまな思いを抱え、島を去ったといいます。

三菱は90年に渡り、端島で炭鉱を続けたことになります。

このように1890年からおよそ90年間、三菱は無人島となるまで端島で炭鉱業をしていました。

閉山したのは1974年なので、ドラマ「海に眠るダイヤモンド」の時代設定である1950年代は、三菱が炭鉱業を取り仕切っています。

日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」鷹羽鉱業実在のモデルは、実際に端島で炭鉱業を取り仕切っていた、三菱鉱業だと思われます。

鷹羽鉱業のモデルの現在とは?

端島の歴史

第一期・原始的採炭期(1810 – 1889年)

漁師たちが石炭をごく小規模で採炭していた時代。

第二期・納屋制度期(1890 – 1914年)

三菱が端島を買い取り、本格的に炭鉱を始め、大きく成長させた時代。労働者たちが働く、環境の悪さも問題となりました。

第三期・産業報国期(1914 – 1945年)

炭鉱夫たちが住む集合住宅などが、建設されるようになった時代。人手不足となり、中国人捕虜の強制労働が始まりました。

繁栄の裏では、度重なるガス爆発事故や、劣悪な生活環境なども問題になっています。

第四期・復興と近代化期(1945 – 1964年)

終戦後一時的に人口が激減しますが、復員者たちの帰還により、人口が急激に倍増。住宅不足が問題となります。

人口が最盛期の1960年には、小学校や病院などのほか、寺院や理髪店、パチンコ店、雀荘などもあったそうです。

第五期・石炭衰退と閉山期(1964 – 1974年)

主要エネルギーが石炭から石油に代わっていく時代。1964年の坑道の自然発火事件があり、炭鉱の規模が縮小されていきます。

島の人口が急激に減少しますが、新たな新坑が開発され、機械化や合理化などで生産量が増えました。

ですがエネルギー政策の影響を受け、1970年に端島沖開発が中止となり、数百トンの石炭を残したまま、1974年に閉山しています。

閉山時に、残っていた住民2000人はすべて島を離れました。

第六期・廃墟ブームと産業遺産期(1974年 – )

2000年代からは廃墟ブームのなか、軍艦島にスポットが浴びるようになります。

また近代化遺産としても注目されるようになりました。

現在の端島

端島は無人島となり、建物の廃墟が進みましたが、外壁は一部修復が行われています。

2001年に三菱マテリアルから、当時の高島町に無償譲渡され、今は長崎市に継承されています。

危険個所も多いため、島への立ち入りは禁止されていましたが、2005年に報道機関に公開されます。

2009年からは整備された施設のみ、観光客の上陸もできるようになりました。

台風や風の影響があり、現在では年間100日ほどが上陸できる日数です。

端島は2015年7月5日世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産  製鉄・製鋼、造船、石炭産業」として正式登録されました。

軍艦島上陸ツアー

現在長崎港から、いくつかのツアー船が出向されています。乗船は40分です。

船会社情報

 

・やまさ海運(株)    Tel.095-822-5002 https://www.yamasa-kaiun.net/

・(有) ⾼島海上交通  Tel.095-827-2470 https://www.gunkanjima-cruise.jp/

・(株)シーマン商会   Tel.095-818-1105 https://www.gunkanjima-tour.jp/

・軍艦島コンシェルジュ   Tel.095-895-9300 https://www.gunkanjima-concierge.com/

・第七ゑびす丸       Tel.090-8225-8107 http://www.7ebisumaru.com/cruise/

引用元  ながさき旅ネット

軍艦島へ上陸するには各船会社が運航している軍艦島上陸ツアーに参加する必要があります。

ただし、天候等により上陸できない場合があります。

乗船に関する予約・お問い合わせ等は、各船会社までお問い合わせください。

 

デジタルミュージアム軍艦島

最新のデジタル技術で、当時の軍艦島にタイムスリップできちゃいます(≧∇≦)

上陸ツアーでは見ることができない立ち入り禁止区域など、巨大スクリーンやプロジェクションマッピングで体感できるミュージアムです。

住所:〒850-0921 長崎県長崎市松が枝町5-6
電話:095-895-5000

営業時間

9:00 ~ 17:00(最終入館16:30)
休館日
不定休
入場料
一般 1,800円(団体 1,500円)
中学生・高校生 1,300円(団体 1,000円)
小学生 800円(団体 600円)
幼児 500円(団体 300円)
3歳未満 無料

詳細は公式サイトをご覧ください!

軍艦島デジタルミュージアム

海に眠るダイヤモンドの鷹羽鉱業とは?

ドラマ「海に眠るダイヤモンド」とは

脚本・野木亜紀子×監督・塚原あゆ子×
プロデューサー・新井順子の強力チームで贈る!

昭和の高度経済成長期と現代を結ぶ
70年にわたる愛と青春と友情、そして家族の
壮大なヒューマンラブエンターテインメント!

1955年からの石炭産業で躍進した長崎県・端島と、現代の東京を舞台にした70年にわたる愛と友情、そして家族の壮大な物語。

戦後復興期から高度経済成長期の“何もないけれど夢があり活力に満ちあふれた時代”にあった家族の絆や人間模様、青春と愛の物語を紡いでいく。同時に、現代の“一見して何でもあるけれど若者が夢を持てない時代”を描き、過去から現代に通じる希望を見つけだす、時代を超えたヒューマンラブエンターテインメント!

引用元 TBS

ドラマ「海に眠るダイヤモンド」は、1955年の長崎県・端島を舞台にした過去編と、現在の東京を舞台にした現在編が交錯する物語。

1955年に長崎県・端島で暮らす鉄平と、現代の東京で暮らすホストの玲央の2人を主演の神木隆之介さんが1人2役で演じていることが話題になっています。

また、現在の玲央の前に現れる謎の女性・いづみの正体が誰なのか?も注目されています。

以下の記事では、いづみの正体の考察をまとめてあります。

海に眠るダイヤモンドいづみ【宮本信子】は誰」?リナでなく百合子か朝子?

同じ顔をした違う時代を生きる鉄平と玲央の関係性や、鉄平がこれからどんな人生を歩むのか?気になるところですが、有名な映画「タイタニック」が参考にして作られた物語だと言われています。以下の記事でそのあたりを詳しくご紹介しています。

海に眠るダイヤモンドは実話?モデルはタイタニックで元ネタから死亡する?

鷹羽鉱業とは?

鷹羽鉱業は、端島の炭鉱業を取り仕切きっている会社。島外の大学を卒業した主人公、鉄平(神木隆之介)が、鷹羽鉱業に職員として端島に戻る、ということが第1話で描かれました。

当時は高度経済成長期真っただ中の、希望と活力に満ちた端島。史実でも一番人口が多く、人口密度も高かったとき。

端島がもっとも輝いていた時代です。

以下の記事では、ドラマの時代背景や年代などご紹介しています。

海に眠るダイヤモンド年代・時代背景を時系列で!ホスト玲央と鉄平の関係は孫と祖父?

端島で生まれ育ち、大学卒業後、鷹羽鉱業の職員として、端島に戻った鉄平。

端島で生まれ育った、鷹羽鉱業の職員の娘、百合子(土屋太鳳)。

鷹羽鉱業の職員で、鉄平の親友、賢将(清水尋也)。

賢将の父で、鷹羽鉱業の幹部職員の古賀辰雄(沢村一樹)。

このようなキャストが鷹羽鉱業の関係者として登場します。

最終回にわたるまで、1955年の大きな舞台となる端島の中心的存在の鷹羽鉱業のです。

以下の記事ではドラマの最終回時期についてご紹介しています。

海に眠るダイヤモンド全何話まで?最終回はいつ?は選挙のために少ない?

まとめ

TBS系日曜劇場「海に眠るダイヤモンド」は、主人公の神木隆之介さんが現在と過去の人物を、二役演じていることでも話題になっています。

過去の鉄平がいるのは、1950年代の長崎県、端島。通称軍艦島と呼ばれたところで、炭鉱が盛んな時代でした。

実際に端島では現在の三菱マテリアルが、およそ90年に渡り炭鉱を取り仕切っていて、ドラマの1950年代もまさに三菱が炭鉱を運営しています。

ということで、ドラマ「海に眠るダイヤモンド」鷹羽鉱業のモデルは、実在の会社、三菱であるといえます!

史実では1974年に炭鉱が閉山となり、島民たちも引き揚げますが、ドラマはどこまで描かれるのでしょうか?

「海に眠るダイヤモンド」第3話は、11月10日放送です!お見逃しなく!

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